カンガルーの小部屋

2010.08.29

カンガルーの本棚 露の玉垣

乙川優三郎さんの「露の玉垣」(新潮文庫)を読みました。

乙川さんの時代小説は、社会の底辺で苦悩する人々を描くことを常としています。

「露の玉垣」は、新発田藩という小藩で生まれ死んでいった人々の記録です。

くり返される水害と、その後に続く貧困は、武家社会にも重くのしかかります。

家老・溝口半兵衛は、災害と貧困にうごめく新発田藩200年の家臣の記録を書きつづることで、明日への勇気と希望をみいだそうとします。

島内景二氏は、「露の玉は、はかない。だが、はかないがゆえに、朝日や夕日、そして月光を浴びて輝く美しさには、比類がない。けれども、誰にもその美しさを知られることなく、草深い野で結んでは消えてゆく露の、何と多いことか。」と、解説されます。

偉人豪傑の歴史の裏に、ひっそりと生き抜いた人々の歴史もまた、今わたしたちが生きていることに、つながっているのですね。

                       2010年8月29日

                       いたやどクリニック小児科 木村彰宏